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有名無実の国際捕鯨委員会(IWC)

今回の記事は「男系継承ルール」とは関係ありません。それにも拘らずこのブログに載せる理由は次の通りです:

(1)新たに「匿名」のブログを開設する迄もない。

(2)「カルト」であるという点では共通性が有る。

この問題は論じ尽くされていると思います。私なりに要約するとこうなります:

科学的根拠無しに捕鯨禁止を主張する事はカルトであり、それを他者に力で強制する事はテロリズムに通じる。

私の分類ではこれはカルトイデオロギーではなくカルト宗教という事に成ります。但し既存の宗教とは関係有りません。因みに仏教は獣肉を禁じ、イスラム教は豚肉、酒を禁じています。(キリスト教には禁忌は無い。)無論、仏教、イスラム教の信者の全てがカルト信者だと言っている訳ではありません。原理主義者のみに当てはまります。実際私は肉も食さず酒も飲まない僧侶にはお目に掛かった事が有りません。数人のイスラム教徒と付き合った事が有るのですが、(日本・アメリカで)禁酒・断食を実行していたのは唯一人でした。(さすがに堂々と豚肉を食べる人はいませんでした。)むしろ“奇異”に感じたのは1人の“厳格”な菜食主義者でした。ラーメンスープも蕎麦つゆ(鰹節の出汁入り)も忌避するという徹底振りでした。アレルギーではないのですからこれは宗教カルトと看做さざるを得ません。鯨を食べ(させ)ない行為に通じる面があります。食文化等といった事で片付けるべきではない、深刻な内容を含んでいると思います。無論信仰の自由を否定する心算は有りませんが、それを(科学的に)批判する自由は有る筈です。(個人を批判した事は有りません)

IWCでは、遂に日本の代表は脱退の可能性を示唆したようです。賛成です。しかし相変わらず外務省筋は煮え切らないそうです。国益を考えての事らしいですが、不正義には(仮に魚の輸入が止まろうとも)断固戦うべきだと思います。20年余も掛かっても相変わらずの理不尽がまかり通っているのでは関係者の怠慢を疑わざるを得ません。世論を見ながら自分の考えを規定する政治家を説得する事は困難であっても、専門家の(独善的な)主張を論駁出来ない筈は無いからです。

この問題の経過は「拉致問題」を連想させるものです。(詳細は別の機会に . . . 。)


皇国史観と自虐史観

「男系継承ルール」について「科学的」研究を進める過程においてインターネット上で多くの記事を読み(飛ばし)ました。(時に読むに絶えられないような記事に遭遇し、自分が精神科医でありカウンセリングをやっているのではと錯覚する様な羽目にも成りました。)

その際に遭遇したのがタイトル内の2術語です。共に歴史観の一種であり、その定義についてはWikipediaを参照して下さい。政治的な用語なのですが、定義そのものについては異論は無いようです。

ここでは「科学」(としての「歴史学」)の面に絞ってのみ議論します。科学者といえども人間ですから其々思想信条を持っており、研究の際にもその影響を排除することは不可能です。(そもそも研究分野・テーマの選択は好奇心に発するものなのですから . . . 。この事を示す有名なエピソードとしては、アインシュタインが「主流の量子力学理論」に納得できなかった事が有ります。)という事で「科学」とは一見矛盾する概念である(複数の)「歴史観」が存在し得る事に成ります。因みに日本国憲法も(大日本帝国憲法を否定するという意味での)1つの歴史観に基づいています。

纏(まと)めを行ないます:

皇国史観とは、”「男系継承ルール」の科学”で記述した、大日本帝国(の終末期)に於ける「カルト」信仰(思想?)そのもの。

自虐史観とは皇国史観の亡霊による反対派への蔑称。(戦時中に負け(てい)ると漏らす人間を「アカ」呼ばわりするのと同根の発想であると判定できます。)


「男系継承ルール」の科学

「男系継承ルール」の科学

昨年末に発表された「皇室典範」に関する有識者会議の報告書は、現行の典範と日本国憲法との不整合を是正する為のものでしたが、大反響をもたらしました。従来の慣行である表題の「男系継承ルール」を廃止する内容だったからです。
賛否両論の議論が各所で戦わされているようです。これは予想通りの事ですが、次の2点が私にとって衝撃的でした:
(1) 日頃私がその見識に好感を持っていた一部の評論家が“感情的”に「男系継承ルール」の保持を主張し出した。
(2) Y染色体まで持ち出して「男系継承ルール」を正当化する人達が現れた。
私の最大の関心はこの現象の解明でした。様々なマスコミ情報、賛否を論ずるホームページ等の点検を行い、更にはチャット(Y染色体、kikulog)にも参加しました。以下はここ数ヶ月の私の研究の成果です。あくまでも科学的である事に拘(こだわ)りました。
コメント等大歓迎です。しかし、科学の上に宗教・イデオロギーを置く「カルト信者」からの投稿はお断りします。(直ちに削除します。)「原理主義者」と討論しても何も生み出せない事を経験的に知っているからです。又、匿名にしたのは自分の身が可愛いからです。
表題で限定したように、内容は自然科学(遺伝学等)、社会科学(歴史学等)、人文科学(精神分析学等)に基づく議論です。無論、議論の対象としての政治や宗教は含まれます。因みに私の専門は遺伝学とは関係ない自然科学の1分野です。
I. 検討の対象である歴史的な事実の検証
天皇の系図の内の「神武天皇」から始まる前半部分は神話であり天皇の権威を高める為に作り出された虚構であると判定出来る。(これは科学としての歴史学を研究している人々にとっては常識。)後半の千数百年については、よく言われている「過ち」の可能性を別とすれば、信頼を置ける。1度決めたルールを守り続けることは権威を更に高めることに通じるからです。
II. 遺伝学的意味付け
元々は「子種」信仰に基づくものと考えられます。その改良版が「種・畑」と言う考えです。これ等が誤りである事は次式で明らかです:精子+卵子=受精卵。そこでY染色体が脚光を浴びる事になった様です。中学で習う遺伝学の知識から、男系継承ルールを守ればY染色体が永久に継承されることが示されます。(但し、(突然)変異が絶対起こらないとしたらです。)しかしこれだけでは神話の正当化は出来ません。科学的事実を指摘した以上、それに基づく科学的説明が要求されるからです。(これまで、何等の提起もなされていません。)
そこで私達は、彼等に代わって、もっともらしい説明を考え出しました。次の様な仮説です:
(1)天皇家の男性はY染色体中に特殊な遺伝子(「カルト」遺伝子)を保有している。(この問題で論陣を張っている)立花隆氏を含め数千もしくは数万の人がこれに該当するのでは?これは現在の(ゲノム解析)技術を以ってすれば検証可能です。
(2)この遺伝子はその保有者の脳の中に、ある種の潜在能力を担当する領域を形成する。これもMRI等によって検証出来るかも . . . 。
(3)その潜在能力は皇位継承の「儀式」によって活性化し、「現人神」が出現する。これは正にカルトの様に見えます。しかし絶対ありえないと迄は言い切れないようです。因みに「ピカチュウ」のある種の格闘シーンが一部の児童を失神させたという事件がありました。こういう事の成り行きは体験した当事者に聞けばその概要は判る筈です。(リアルタイムで脳波を測る手もある?一方、私が昭和→平成の際に垣間見た儀式はと言うと、殆どは非公開だったのですが、何やら呪術的に見えました。個人への働きかけというよりはむしろ外に向かって権威をひけらかすのが主目的であるかのように見えました。)実は似たような体験は普通の人でも可能な筈のものです。「悟り」とか「真のプラトニックな愛(ゲーテ)」の事です。(多少の想像・創造力が必要です。)尚、この能力を担う遺伝子は、男のみに属するY染色体ではなく、広く複数の染色体中に分布して存在すると考えられているようです。
上記の仮説(のセット)等に関する何らかの証拠が提示されていない以上、神話は虚構であり、それを事実だと主張する人はカルト信者であると断ぜざるを得ないでしょう。
III. 男系継承ルールの根拠
以上により、神話(又は伝説、伝統=千数百年に及ぶ慣例)以外には絶対的な男系継承ルールの根拠が無いことが示されたと思います。従ってこの問題の決着は、憲法の規定と上記の様な事実を踏まえて、国民がなすべき事でしょう(好みの問題?;象徴天皇にこれを決める権限は無い。)
IV. 天皇史
天皇制の歴史を語る時に先ず思い至る事は千数百年に渉って男系継承ルールが守られて来たという事実です。これは壮大なる営みではあります。しかしその意義はというとIIで述べたように希薄なものです。とにかくこれが現実に天皇の権威付けに大いに役立って来ました。しかし不倒の王朝であり続けたもう1つの理由についても言及すべきでしょう。「奢れる者久しからず」(平家物語)の格言をしっかりと指針にして来た事です。歴史の表舞台に登場したのはごく一部の動乱期(極言すれば明治維新後の数十年?)のみだったという事実です。平時には(敢えて)傀儡(かいらい)であり続けた?(京都御所と皇居の規模を比べてみて下さい。)
上記は(日本人にとって、大して誇れることではありませんが)基本的には陽の部分です。しかし陰の部分の言及を避けることは許されません。大日本帝国は、特にその終末期においては、カルト宗教国家であったという事実です。(カルトの意味は既に序やIIの中で論じました。)単なる帝国主義・軍国主義とは異なるものです。詳細は歴史書に譲り(現在放映中のNHKの朝ドラにもその様が描写されています。)、ここでは1つのエピソードを取り上げます:
全ての学校に「御真影」が安置されていました。そして生徒たちは拝礼を強制されていました。といっても大部分の生徒は、マインドコントロールにより、強制とは感じていなかったでしょう。ここまでは、ヒトラー、スターリン、毛沢東、金父子、. . . 、チャウシェスク、. . . 、S.フセイン等の場合と同じです。(「候補者」が多いので、カルト「イデオロギー」国家(この術語は私の創作)の独裁者で且(近い将来の)故人に限定しました。)しかし、大きな違いが有ります。生徒達は、「ご開帳」の時にも、写真を見ることを許されませんでした(最敬礼!)。
V. 自問自答
最後に冒頭の私自身の疑問への解答を行ないます。論理的な帰結はこうです:
彼等はマインドコントロールされている。大日本帝国憲法の亡霊が蠢(うごめ)いていると言い換えることも出来ます。個別的には其々の人の原体験まで調べなければならないでしょう。彼等がこの文章を読んで内なる呪縛から解き放たれることを期待します。


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